2005年11月25日から12月2日まで、ハバロフスク対外友好団体連合会設立40周年、児童ダンスアンサンブル「ラーダスチ」結成記念式典へ、アムール川上流中国の化学工場爆発のニュースを聞きながら5名で参加してきました。(私と岩崎さんは12月2日からの市議会のために28日帰国、・・・・ハバロフスク←→新潟便は月・金曜日の週2便フライト)
平均気温はマイナス15℃、今頃はマイナス30℃くらいになるとの話でしたが、20坪弱の団地は全戸にスチームが配管(スチーム菅と水道管は凍結防止の為、地下5mに埋設)され、暖かくて上着をとりました。
雪はキラキラと舞い降り、湿度がとても低いため日本ほど滑りません。もっと北に入ると、マイナス50℃にもなるとのことでした。

(シベリア戦没者慰霊碑)
抑留日本軍のシベリア戦没者慰霊碑をお参りいたしました。
積雪は10cmくらいで、幸い風が吹かない日々でしたが(今頃は30cmくらい?)、マイナス15℃で最初は顔にピリッと感じた寒さは、10分か15分で体の芯から冷えてくるのです。
アムール川には厚さ3m〜5mの氷が張り、マイナス50℃ともいう極限のシベリア奥地で亡くなられた日本人の皆々様の胸中をいくらか察することができました。

(氷に覆われたアムール川。この氷が流れ、日本へ流氷となって辿り着く)
古泉さん、上林さん、中山さんは、ラーダスチ保護者の方々の家に宿泊され、私と岩崎さんは、ロシア人の泊まる日本語の通じないホテルで宿泊、朝食は質素でした。
ロシア料理は大変おいしく、一晩はラーダスチ保護者のホームパーティーで御馳走になり、最後は劇場の一室で手作り料理のもてなしを受けました。
街には、中国、韓国の製品が多く、往復の飛行機の乗客はほとんどがロシア人で、ハバロフスク在住の日本人は70名くらいと聞きましたが、街を走る車はほとんどが日本の中古車で、日本語を教える小中学校も見学しました。
大学の日本語学科は倍率が高いそうで、日本に対する関心の強さを感じました。
2006-01-07 | hamada