また、この地にはダッタン人の墓というものがあります。
伝説では、ダッタンの人が鹿野浦に流れ着いて、片辺付近を徘徊していたが、喉の渇きに耐えかねて、中の川の水を飲んだところ、この毒に当たって死んだと伝えています。
『日本書紀』には欽明8年(544年)に「佐渡の島の北の御名部の碕岸に肅愼の人ありて」(みしはせ−黒竜川流域に住む)との記述があるが、これがこの伝説の元となっているのかもしれません。
もっとも、真野のセナゴという人やら、ワシザキと言う人やら、赤泊と言う人やらがいますが・・・。
ところで、伊豆の東海岸に「石花海」と書いて「せのうみ」と呼ぶ地名がありました。不思議ですねぇ・・・。
<おい!(`皿´) ところで写真は!!>
<・・・・・・・(-_-#)>
<何とおい目をしてんだよ!!(`皿´)>
<つづく>
2004-06-19 | おんごろべ