石花の北隣のムラ"後尾"。私たちは「うしろ」といっているのですが、『行政便覧』などには、「うしろお」とあって、思わず???
明治20年代にまとめられたこの便覧、たぶん各町村役場に問い合わせがあった時、担当の役人が「後尾と書いてあるのに、『うしろ』ちゅう読み方はねえっちゃ。『うしろお』って書いて出せ」というようなことがあったと想像に難くありません。地名って危ういもんですね。
さて、ここには「影の神」という巨大な岩山があります。日の出のときに金北山の頂にある御堂の影が映るので、そのような名が付けられたとされています。南西には、大きな洞穴があり、石仏が納められており、空海秘法の壇上跡とも。
かつては、もっと大きい岩山だったのですが、女人禁制の掟を破って、ムラの巫女たちがここで神楽を舞ったため、神さんが怒って打ち砕いてしまったので、今の姿になったとか。そして、北川内の海岸一帯にひろがる岩礁は、砕かれた影の神の欠片だともいわれています。また、影の神の頂上には、イブキという木が生えているのですが、これを取ると海が大荒れになるといわれ、堅く戒められています。
ちなみに、後尾には「熊野権現・石動権現・日野尾権現・羽黒権現・十二権現など五社御座候」と古文書にあるように様々な神が祀られており、修験道の盛んなムラでした。おそらく、金北山の海府側の里宮として発達したムラだったのでしょう。
おっとぉ〜もうひとつ。影の神は霊験あらたかな所だから、沖合いを通る船は帆を下げないと、通過できなかったそうな。後尾は、山と海の信仰のムラなのですね。
もうひとつ。後尾と北川内の間をながれる「桜川」。実は「境川」の訛ったもの。この川を境に、後尾側の「雑太(さわた)郡」と北川内側の「加茂郡」に分かれるのですから。
<おえ〜何だ、やぼにまじめげ〜ん書いとるねェーか。どげんしたェ〜>
<・・・・・・・・・・・>
<初老性アパシイーだかや?写真でも用意しる気色ども無えようだのぉ〜>
2004-07-23 | おんごろべ