酷暑というか猛暑というか激暑というか。チョー・ゲキ・ヤバ・オニ暑いというよりも、熱ィ!!!!!!!!!!!!!!!!日々が続きます。
7月30日には、平成9年7月27日記録した36.5度を更新する36.6度!!!!。真夏日も連荘で12日です。
『ちび○○サンボ』の虎さんたちみたいに溶けて、バターになってしまいそうです。
そんな訳で、もうひとつ涼しくなるお話を・・・。
窓も出入り口もない小船"うつぼ舟"、もしくは"うつろ舟"。小野見の弁天さんに寄り付いた舟も、このような舟であったとか。これらに類した伝説は、日本海全域から黒竜江流域にも存在すると、民俗学者の宮本常一は語っていました。
北立島でのお話。
昭和25年11月1日。午後6時頃、ムラ人がいう"いわし場"に70cm角の箱が打ちあがっていました。マッチ箱を梱包するものだったのでしょうか、蝙蝠印が薄暗い夜目にもわかりました。
閑話休題。
海府では、第一発見者がその所有権を得ることができます。流木を発見すれば、まず第一に石を載せることから手続きが始まります。石をのっけていれば、世のモンは、「ああ、もう見つけたモンがいるのだな」とあきらめてしまいます。けも〜ですね、よげなもん(悪い人)もいるのですよ。そのような石を払いのけて、別の石をのせて、後で所有権を主張するやつが。そこで、家に取って返し、急いで鋸か鉈を持ってきて、切り目を入れます。これを、鉈印とか山印といいます。この印を入れれば、ほぼ完璧に我がモンになります。
戦後も直後ですから、物資も不足気味。やれ、これはもうけたわい、ということで早速箱を引き上げました。その箱は、なぜか太い針金でしばってある。ますます「これは〜」ということで、そそくさと針金をはずすと、箱の板が急にゴトンとはずれました。
すると、そこから人間の手がニュウと・・・・・・・・・・
これが世を震撼させた"箱詰め美人殺人事件"の幕開けでした。
事件は、遺留品の「富山新聞」を手がかりに、一月余りであっけなく解決しました。被害者は富山市の主婦。犯人は、夫。愛人と高飛びする前の逮捕劇でした。
ちなみに、この事件をモデルに、水上勉は「うつぼの筐(はこ)舟」という小説を書いています。
北立島を流れる安田(あんだ)川。元は、アミダ川といい、かつてあらたかな、阿弥陀様が川尻に流れよったので、このような地名がつきました。同じ仏様でも、こっちのほうがよろしいようで。
<"首なし美人死体発見!!!"というのがよくありますけれど・・・>
<だから何?!!!。写真は持ってこないは、トンチボ伝説はほっぽらかすは、ンなぁ(汝)みてえのんを、蕎麦屋の釜っちゅうんだ>
<そりゃぁ、どういう意味で>
<ゆぅばっけえだ!!>
2004-08-06 | おんごろべ