前回の続きです。
安田川に寄りついた阿弥陀さん。ムラの人々が押しても引っ張っても動こうともしません。困って、アリガタヤサンに問い聞きすると、石花の三右衛門に背負われたいとのこと。三右衛門が来ると、今までビクともしなかった地蔵は、軽々と背負われ、無事に入川の地蔵寺におさまったといいます。
想像をたくましくすれば、石花から北立島・入川一帯は一つの浦だったのかもしれませんね。
海府には、このように流れよったり釣り上げられたりした神・仏が多く、たとえば南片辺の白山神社は、沖で釣りあげられた黒石であるといわれ、また水上坊には、新左衛門の釣り上げた金毘羅さんの刀が奉納されているとも。
そして、北川内の熊野神社のご神体は、浜で光っていた白石だといわれています。さらには、北立島の秋葉さんの石塔は、大島の脇に流れよったものだといいます。
ことほど左様に、海にかかわる神・仏の伝説が多いのも、海府の特徴です。
けれども、北立島の熊野神社のご神体は、元は十二神さんといってタカズコウ山にあったのが、海の見える所に下がりたいというので今の場所におりてきたそうです。同様の話が、戸中の三瀧の不動さんの伝説でも語られており、戸中の鉱山と北立島鉱山との関係がかなり深かったのでしょうか。
でも、この地には、海や山以外に、空からも珍客があったのです。
それは、次回のお楽しみ。
<おいさえー、なげえー・・・盆休みやってすんろぉ〜>
<・・・・・>
<やぼんなげぇ休みとったわりにはおもしもねえのお>
<・・・・・>
<落ちもねえ〜しの〜>
<猛暑による適○障○かも・・・>
<おいおい、ヒャッとしるようなこと言うなや>
<おあとがよろしいようで>
2004-09-03 | おんごろべ