海府ごろよむ通信

■ 海府よもやま話 −海府の「へぇ〜」を紹介しています。−

ハザ木が助けた−英国機不時着事件始末記−その2

 まず初めに、英国機の塗装の訂正。
  『佐渡地域誌研究第3号』(同研究会編)が、このほど刊行されました。入川の人々の聞き書きが多くまとめられています。それによれば、機体は銀色であったとのこと。
  思い込みというもんは、おっかないもので、ついつい知ったかぶりをしてしまいました。スンマソ。
  で、続きです。

  英国機にとって運がよかったのは、浜が適度な大きさの砂利浜だったということです。目撃者によれば、ドン・ドン・ドンと3度ばかりバウンドしながら立島の大島方向に滑走していきました。このまま突っ込めば、岩礁地帯に激突してしまいます。と、ここまでが、先週の話。

<おい!なんでひっぱるんだ!!!まってガチンコじゃねーか!!>
<まあまあ落ち着きなさい。ハッツアンはせっかちでいけね〜や>

  岩礁地帯に、英国機が飛び込もうとしたその刹那、尾翼が上がり、機体が前につんのめるようにして止まりました。
  入川から立島にかけての浜は、海府でも有数の広い浜です。その陸側は、稲を干すハゼ場として利用されており、多くのハザ木が立っています。
  英国機は、左翼をそこにひっかけ、斜めに止まりました。左翼の一部とプロペラが少し曲がった程度で、機体は無事でした。
  数日後、機長はそのハザ木に登り、右のこぶしを大きく突き上げました。それは、ハザ木への感謝の意であったのだろうと、ムラの人は伝えています。

  昭和21年1月16日付け新潟日報は、次のように報じました。
  十四日午後五時ころ佐渡郡高千村字入川役場前海岸に英国軍用輸送機一機が荒天のため不時着した。搭乗員は英国総領事オージャン氏及び支那派遣の空軍司令官ゴダード大佐ほか八名で十四日午前八時上海を出発東京に向かう途中強風に押し流されたものでゴダード大佐が口唇に微傷を負ったのみで搭乗者一同無事元気で同夜は同村の服部旅館ほか一軒に宿泊十五日午前十一時自動車で両津港に直行、花吉旅館に宿泊の上十六日おけさ丸で新潟に上陸予定である。なお現場は風浪が高いため同機を解体して輸送するほかなく操縦関係五名は付近警防団の応援を得て機体の監視に努めてゐる。

  ムラの混乱の始まりです。

<以下次回のお楽しみ>
<ど〜か、くいさしにならんよう、テンジョの神さんに祈っておるしの、最後まで書いてくれ〜よ>
<・・・・・・・・・・・オチはないんですが、落とすかも>
<おいおい勘弁してくれよ。・・・今のは今週のオチか?>
<おあとがよろしいようで>

2004-09-17 | おんごろべ

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