「できるんだかの・・・」
ムラ人がつぶやいた。
荒れくる波が、人々の心をなえさせた。
「やらんけにゃならん!!!」
吹きすさぶシベリア颪に抗うように老婆が叫んだ。
<ごるらぁ!!!!プロジェクトXごっこをやっとんじゃね〜!!!!!!!!>
<すみまそん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・>
飛行機が飛び立つための条件として、滑走できることが必要でした。それに、向かい風をうけることも。とすれば、この季節、常時吹き付けるシベリア颪を利用しない手はありません。
さっそく、飛行機の移動作戦が始まります。直線距離をかせげるとすれば、小学校の下まで引っ張ればいいのですが、離陸地点には北立島の大島が立ちはだかっています。
離陸距離・風、そして最も好条件な場所といえば・・・・、やはり入川尻です。
役場下から、そこまではおおよそ2キロ。そこまで、人力で引っ張っていかなければなりません。
ムラ人は動きました。入川から石を運んで誘導路を造成しました。
小さな手、曲がった背中、小学生・中学生・青年団・婦人会・消防団などがその作業にあたりました。
せっかく整地しても、ひとノタで流されました。
せっかく整地しても、8トンの重量を持つ機体に耐えられませんでした。
賽の河原普請とはこのことをさすのでしょうか。
それでも、ムラ人は懸命でした。あたかも、傷ついた大鳥を再び空へ舞い上がらせたいという使命感がそうさせるようでした。
ある日のこと、米軍のトラックが金網を積んでドヤドヤとやってきました。20台余りのトラックに、ムラ人は度肝をぬかれましたが、それより驚いたのは、それを浜に敷き、あっという間に滑走路を造ってしまったことでした。
戦時中はモッコとスコップで滑走路を造っていた大日本帝国。 これじゃあ、勝てえん。 まざまざと国力の差を見せ付けられた思いがしました。
あと1回あります・・・・・・・・
<オエ〜まだとべえんかえ〜>
<来週にはなんとか>
<「スラムダンク」みて〜な妙な終わり方せんなや>
2004-10-24 | おんごろべ