こんな夢を見た。
六つになる子供を負ぶっている。
たしかに自分の子である。
ただ、不思議なことには何時の間にか眼がつぶれて、青坊主になっている・・・・・。
「おとっさん、その杉の根のところだったね」
「うん、そうだ」と思わず答えてしまった。
「文化五年辰年だろう」
なるほど文化五年辰年らしく思われた。
「お前がおれを殺したのは、今からちょうど百年前だね」
ひゃあ〜〜〜〜〜
おそげぇ〜〜〜
夏目漱石『夢十夜』より
この短編の第三夜に出てくる「六部殺し伝説」は、民間伝承の定番。落語の「もう半分」もこの類です。
大体この手の話は、その地方の「長者伝説」とセットで語られています。
実は、外海府でもいくつか語られています。
もっとも知られているのは、能登の上臈の話。
ある時、北田野浦と小野見境の弁天崎に、窓も無いウツロ舟が寄り付きました。
その舟には能登の上臈(高貴な女性)が乗っておりました。
ある人がそれを見つけて助けあげましたが、舟にいっぱい積まれた宝物に目がくらみ、上臈さんを裸にむいて、カチ殺してしまいました。
そン時、アタリ中に血が飛び散ったので、弁天崎は今でも赤いし、藻もはえれせんのだと。
そのもんは、盗んだ宝で大庄屋になったが、男がたたんで(育たない)、とうとう家は潰れたんだと。
で、宝物の中には、一升枡に入る蚊帳があったというけも、今人手に渡っておるちゅうわえ〜
・・・・・・・・という話ですが、この外にタビトさん(行商人)を殺して金をうばっただの、行き倒れのモンから盗んだだの、どこゲーの家は坊さんを毒をもって殺しただのと、ひっそりと、しかもおおっぴらに語られています。
もっとも、このような話は全国に分布しており、パターン化されているのですが、話の肴になる家はたまったものではありません。
民俗学者の瀬川拓男は、四国での「六部殺し伝説」を調べ、対象となっている家が新興の長者であることに注目。村の秩序がその家の登場で不安定になったことを埋めるために語られたのではと、分析しています。
たとえば、「歩く巨人」宮本常一先生も、「隣に蔵が建つと腹が立つ」ということわざを、やはり村の秩序の崩壊から解説していますし、「我田引水」も利己主義ではなく、共同体の維持を説く言葉として説明しています。
外海府でも、中世的な親方・子方制の安定したムラでしたが、鉱山開発による炭などの請負で急激に財力をなした家があちこちに生まれました。
いわゆる中世から一足飛びに近代化がすすんじゃったのですネ。
その結果、従来の庄屋がバタバタ没落していきました。
おそらく、そんな時代背景の中で、この地でも「六部殺し」の類が語られたのでしょう。
「やぼに庄屋だったけも、そげな金で身上こしらえたんもんし、あこゲ―(家)は潰れたんだがやー・・・・・」
コワ・・・・・・・。
ときに、一国主義を貫く美国もそげになるんだかや〜。やぼにあんじるがー。
いらんへちこーぜをゆうてスマソ。
2005-03-04 | おんごろべ