海府ごろよむ通信

■ 海府よもやま話 −海府の「へぇ〜」を紹介しています。−

火事に襲われるとき

 おえーさァー!!!3月25日に更新したぎりで、ダオやっすんだ。
  画面たんねても、どれーさんぼあれせんが。

  申しわけんねー。
  あれからのー、祭のナラシ(練習)をぬうよう、やれ送別会だ、やれ歓迎会だ、やれPTAだ、やれ葬式だと、やぼだったんだわえー。

  もう体中がアルコール漬けになっております。
  頭がガンガンします。

  頭鉢を割って、刀根ンテーラ(大佐渡山系の分水嶺のこと)の清水に脳みそを浮かべ、まとわりついたネカネカした物を洗い落とせば、どげに気色がええもんだろー(伊丹十三のエッセイにそげなもんがあったなあ)。

  そんなことを、夢想しながら、なげだされたケーカル袋みたいになっていたら・・・・

 

 

 

 

矢柄が火事!!

 

 

 たまげました。
  ヤマセ風にあおられて、炎がまるで竜のようにのりたくって、ありゃ〜矢柄一村やってしもうた〜〜と体中が震えてしまいました。
  着実に動ける消防団員も、両手の指を折ればお釣りがでます。
  防火水利も心もとないものです。
  消防署の出張所に頼るしかないのです。

  しかし、平均年齢も還暦をはるかに超えた消防団員の年を感じさせない動き。
  バアダチまで江元まで走って防火用水確保に奔走。
  そして、高千地区からも応援部隊がかけつけて懸命の放水。幸いといっては語弊がありますが、隣家の壁を焦がした程度で、それに人的被害もなく、被害を火元一軒の最小限度に留めました。

  大難が小難。ホット胸をなでおろしました。
  みんなが、よかったよかったと、互いの活躍を称えあっています。
  みんなが、高揚とした気持ちの中に浸っています。
  このような状況を、オーストラリア出身の精神医学者ビヴァリー・ラファエル(1957〜)は「ハネムーン状態」と呼んでいます。
  けれども、これが「減退期」となると、人々の言葉が攻撃的になってきます。

  これは、今回の出来事ではないのですが・・・・・

「消防団はくれこんでばっけおって(飲んでばかりいて)どれー消せえんかった」だの
「ポンプが間に合わせんもんし、あたら一軒焼いてしもうた」だの
「どれー合えせんホースでやっとる」だの
「水槽が空だったちゅうねか。何をしとるもんだ」だの

  挙げれば、きりがありません。 大体、火事場にはそれぞれ「火事場評論家」なる者がいて、この者の論によってこのような噂が拡大再生産されていきます。
  旧相川町時代には、こんな立ち話程度の噂を、堂々議会で質問する輩もいて、団員を激怒させた例も記憶に新しいところ。
  B・ラファエルは、このような精神状況を「しかし、災害の魅力の一面には、身の安全は確保したままで、死と破壊の現場に居合わせることで、人間心理の<攻撃性>を空想として満たすことができることである」と表現しています。
  いわゆる、野次馬の心理であります。


 「イン(犬)にも吠えられれば腹が立つ」


  だから、「よう、一軒で止めたなー。ようやった」というねぎらいの言葉が、どれだけうれしいか、団員の一人として一言いいたかったのです。


  焼失した民宿は、海府では渡船の草分けで、黒鯛釣りの名手で全国的に知られている遠矢国利さんもよく利用した所。
  そんな思い出も一緒に灰燼に帰してしまいました。
  それでも、各地の太公望が「たろべい」の復活を待っています。
  だから、みんなでせーらと(力をいれて)応援したいものです。


  またまた、ラファエルの引用になります。
「被災者が本当に苦しみ始めるのは、外の世界がその被災者を忘れる時である」


  海府は「たろべい」を失いたくないのです。




  うん、うん、うなァ(あなた)が熱い気色はわかった。
  けも、ポンプ操法大会ん時ろも横断幕に







燃えろ!!○○消防団

 

 

はねぇっちゃなァ〜

 

2005-04-16 | おんごろべ

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