おェ〜〜〜、申し訳んねェ〜〜〜。
毎晩、「火点は前方の標的!!水利はポンプ右側後方防火水槽、手広めによる二重巻きホース、一線延長おおおおおおおお〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!定位にィ〜〜〜つけ!!!」
なんちゅうことを、毎晩やっとるもんし、どれー更新ができえません。
ホースをかついで30〜40mの全力疾走せにゃならんし、大腿四頭筋はまさに断末魔の悲鳴をあげています。
あげくには、「右向け右!」や、「回れ右!」や、敬礼などをそろえたり、タメをつくったり、まるで
「ロボット三等兵」です。
・・・・・・・んな、しっとるか?
・・・・・・・いや、おいはしらんど
・・・・・・・・これ書いとるもんの年は、どのくれだ??
こんな、むさい男衆のシンクロナイズドスイミング状態が、7月3日(日)行われるポンプ操法大会(新穂会場)まで続きます。ゴテゲ(ご苦労)なことです。
加えて、カカぁだちが角はやけーておって、家に戻っても緊張感を強いられます。
何もいわせんから、よけいにおそげー(怖い)です。
早く、大会をおわらげーて、おおらとしてェーのぉー。
"海府甚句"ではないですが「へ〜〜〜い、えい」とため息もつきたくなります。
はぁ〜〜〜、沖のいさり火がきれいだっちゃあ〜〜〜〜〜〜。
さて、この「休め!」「気をつけ!!」などの「停止間の動作」や、「速足行進」「駆け足行進」などの「行進間の動作」などは、「昭和40年7月31日付消防庁告示第1号」による「訓練礼式の基準」で規定されています。
その内容は、微に入り細に入り、クジクジしく、まわりくどく、無機質で粘着的な文体は、まって(まるで)ヌーボロマン作家のアラン・ロブ・グリエそのものであります。
『消防団実務要録』なるものからの抜粋です。
まず、第14条(やぼに役所げーでいいでしょ)。
基本の姿勢。なんのことはありません。気をつけの姿勢です。
「基本の姿勢は、隊員の動作において基本となる姿勢であり、厳正かつ嘆声にして、しかも気力が充実し、いかなる号令にも応じ得られるものでなければならない」とあり、
■目は前方を直視し、動かさない。
■あご引く。
■肩はやや後ろに引き、一様に下げる。
■胸を張る。
■手のひらをももにつける。
■両かかとを同一線上にそろえてつけ、両足先は60度(女子隊員は45度)に開いてひとしく外に向ける(足先を開きすぎないよう注意)。
続いて、第15条「休めの姿勢」です。
「休めの姿勢は"整列休め"及び"休め"の2通りとし、休めの姿勢をとらせるには"整列ー休め"または"休め"の号令をかける」とあり、
整列休めは・・・
■基本の姿勢から「整列ー休め」の号令で、左足を25cm左へ活発に開き、体重を左右の足に平均にかける。
■同時に、手は後ろでズボンのバンド中央に重ねて組む。
■ひざは軽く伸ばす。
■手のひらは、後ろに向けて開き、左手の親指と四指で右手の甲と四指を軽く握り、両親指を交差させる。
号令も、「休め!」とか「気をつけ」とかの単音であれば、大声で短く号令をかけるのですが、「整列休め」とか「右向け右」などという複音の場合、「整列ー」という「予令」と、「休め!」という「動令」に、号令を分けなければなりません。
いやあ〜その細かいこと、細かいこと、まるでカカァみてだがやぁ〜〜〜〜。
いらんことゆうとると、かち怒られるし本筋に戻します。
ところで、明治維新の頃までは、私たちのご先祖様たちは、行進とか駆け足、そして両手を交互に振る「走り」はできませんでした。
当時は、走ることを「カケくら」といい、手足が同時に出る−海府でいえばオオアシ引き−という走りで、今はやりの「ナンバ走り」に近い走り方でした。
これって、やはり鍬を使ったり、日本刀を振り回すことからきたのかな〜。
幕末、長州はいち早く西洋式調練を取り入れ、「オイッチニーオイッチニー」と民・百姓らを訓練しました。当初はこんな児戯にも等しいことを何ゆえやるのかと大不評でしたが、いざ戦になると、非常に機敏に合理的に動け、甲冑に身を固めた幕府軍を次々撃破することできる自分達の実力に、あらためて驚いたそうな。それからは、これらの調練を身を入れて訓練し、最強の歩兵軍になったのは承知のことと思います。
今、やぼにてぇーそいけも、いざという時には、これが役に立つんだろーなぁと思いつつ、
今日も「火点は前方の標的!!水利はポンプ右側後方防火水槽、手広めによる二重巻きホース、一線延長おおおおおおおお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!定位にィ〜〜〜つけ!!!」
ちゅうて、せぇーらとやっております。
やられどーしる。一番現場に近いノンはオラチなんらろ!!
ちょっと今回は、まじめに・・・・・・・・
たぶん、気色がハイになっておるんだねーかとおもとります。
2005-06-03 | おんごろべ