異国船発見の一報が入った時、何をなすべきか。
ゆーた、ゆわんたって、とにかく奉行所に来い、ということになっていました。
土屋奉行の「演説書」には、次のように書かれています。
ひと〜つゥ、
役所へ一番に駆けつけ、更に現場に一番に駆けつけ、抜群の働きをしたものは、第一の功績でアール。ただし、一番に役所に駆けつけても、現場に遅れ、その上未熟の働きではダチカンちゃ。
ひと〜つゥ、
旗は一番・二番に駆けつけた者に渡すので、現場へ火急に駆けつけよ。現場に追々駆けつけた者はその旗の下に集まるように。
ひと〜つゥ、
一番だからといって一手の者は我が意を立てず、皆の意見をよく聞き、互いを思いやり、一人の功ではなくチームの勝利をこころがけませふ。
・・・・なんだか一朝有事とかけ離れつつありますなー。まだまだこんなのが・・・
ひと〜つゥ、
異国船渡来漂着の時、一番手から五番手までの人数を決めておくが、メンバーは万事腹蔵なく話し合い、気が付くことがあれば遠慮なく申し出よ。
はいはい、よくわかりました。
なお、異国船を見かけた時、半鐘を鳴らして知らせることになっていますが、それを聞いたら、皆は半纏・股引きに着替え(さしむきの戦闘服らしい)、一番手の者は奉行所玄関式台へ、二番手は町方番所前砂利の所、三番手は腰掛南の方、四番手は同所北の方、五番手は御門脇の物見内土間に詰め、広間役指揮下に入ることになっていました。
交戦規定を決める以前の話で、これがどーなろ。兵糧にいたっては・・・
ひと〜つゥ、
兵糧・物資輸送や陣地構築等については、係りの役人の指示をうけ、鍋・釜その他の道具類は、最寄の寺院・百姓家から調達。その時、混雑したりトラブルはおかすなよ。
なーにこれ。みんな現地調達かよ。中国戦線とまったく変わりないねぇーねか。
で、別の文書には次のようなものまで・・・・
もし、異国船と手合いになり、首を召し取ったり、生け捕りにした場合は・・・・
生け捕ったり、捕獲品があれば相川表まで連れてくるか、差し出すように。
首を召し取ったら、相川表に差し出せば、当方で処理する。もっとも、敵の頭取をうちとったら江戸表まで差し出すことになりますよ。
とらぬ狸というか、楽天主義もここ極まれりといったところか。
そういえば、本土決戦も間近だった佐渡でも、鬼畜米英を倒すために、「彼らはパン食故に腸が短いので腰高である。よって相手に組み付き体落としの技で制圧すべし!!」
・・・その前に、ナパーム弾でクロ焦げか、零戦搭載の20ミリ機関砲よりはるかに威力のあったブローニン50口径、いわゆるフィフティキャリバーの12.7ミリ弾でミートソースになっちまうのになー
それから、うら若き乙女に「色仕掛けで米兵に近づき、油断したところで相手の睾丸を手でつかみ、ねじって潰す!!」などと、在郷軍人の皆さんが懇切丁寧に指導したとか。
「中腰になり、右掌を米兵の股間に突き出し、睾丸を握り、外側にひねる。だめだ!気合が入っていない。この時局に何を考えておる!!臍に皇国の勝利するというあらゆる気をこめて、えーい!!」
・・・そんなもんで、プチッて潰れるもんだかなー???
どげでもええけも、さっきの現地調達といい、白兵戦に持っていく様といい、さほど思考形態は変わっていないようです。
では、その陣立てはというと、一番手を例にとって見ると・・・
全体は、防御にも攻撃にも備えることが出来る「魚鱗の構え」。
第一列中央に、大筒が四門(借り物です)
それをはさむ様に、両脇に小筒が四門づつ(火縄銃を大きくしたもの)
第二列は、大筒の玉込めのスペースがあり、両脇を小筒が警備。
第三列は、玉込め要員や補助員が六名待機。
第四列は、鑓が五人。内記録する者と物見が一名づつ兼ねています。
第五列は、中央に物見の目付を挟むように鑓が五名づつ。
第六列は、鶴翼の形で鑓が十四名。接近戦になり鉄砲の玉込が難しくなったら、鑓を構えて防御するんだって。
第七列は本部で、中央に一番手の指揮者。右手に太鼓と一番手旗、左手に鐘と一番手旗。その後には、本部員が十名ひかえ、右手には長鑓が三名。これも、接近戦になったら先頭の小筒に長槍を渡す役。そして、その脇に鉄砲の供の役が五名いて、同じく接近戦になったら先頭の小筒体へ応援に駆けつける。一番外側には、同じく接近戦になった時、大筒へ駆け寄る者が二名。左手も人数の差が若干あるものの、同じような役目の者が配置されています。
第八列には伝令が二名。
第九列に旗印と頭。弓持・持筒・侍など六名、その後に鑓が二名。
そして、第十列は補給部隊がひかえています。
よし、これで準備は万端。
嘉永二年七月十九日、朝五つ時を迎えることになります。
次回、海府の最も長かった日を書きます。
げでもねーのんに、ひっぱってよんどこがありません。
2005-07-29 | おんごろべ